6年間のオーストラリアを経て、日本へ帰国しました。オーストラリアで培った経験を生かし、日々日本人に溶け込もうと奮闘中の我が家のブログです
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お別れ
2007年08月30日 (木) | 編集 |
今日は、グランマのお葬式でした。

先週の火曜に亡くなってから、1週間以上も経って、お葬式があるなんて、日本じゃ考えられないけど、ここはオーストラリア。

我が家にとって、オーストラリアでのお葬式の初体験が、グランマのお葬式だなんて。。。
あれこれ教えてくれる人はもういないのです。

日本とは、あまりにも違い、葬儀場の人は、白いスーツにワインレッドの帽子と靴。
子供を連れてくる人もほとんどいません。
そして、前に置かれた棺は、完全に閉じられ、顔を見ることもできません。

式場の人の話の後は、ポップ(おじいちゃん)のスピーチで、続いて、グランマの子供たちが、次々にスピーチし、孫の一人がスピーチ。
こんなのも、オーストラリアなんだなぁ・・・なんて思いました。

スピーチをした人たち、みんな、知り合いで、それぞれの思いが伝わり、涙が止まりませんでした。
そして、スピーチの後に映されたスライドで、元気だった頃のグランマの写真が次々に映され、ウチの次女と笑顔で撮った写真や、多分これがグランマの最後の写真だろうと思われる、ホームステイしていた先生とガイドさんが帰った朝に、みんなで一緒に撮った写真。

葬儀の後には、外のガゼーボで、軽くティーセレモニーがあり、
この時に、葬儀に出席した人の、半数以上が知っている顔だったことに、改めて、私たち一家は、グランマととても密接に付き合っていたのだと感じました。

ご近所さんも含め、グランマを通じて親しくなった人たちや、グランマの子供たち、
いつも、グランマ経由で会っていたし、話を通していたので、グランマがいなくなってしまった今、それぞれの人たちが、
「連絡してね。」と、連絡先を教えてくれ、「遊びに来てね。」と言ってくれました。

オーストラリアに来て、一番悲しくて辛い出来事は、時と共に、やさしい思い出に変わっていくのだと思います。
今日は、その為の、第一歩。
たくさん泣いたので、涙はこれで終わりにしたいです。
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テーマ:オーストラリア
ジャンル:海外情報
コメント
この記事へのコメント
NoTitle
そうだよね、グランマの思い出、優しい思い出になるよね。真澄さんを通して、グランマに出会えてよかったよ。彼女からいろんなこと吸収させてもらったよ。
2007/09/01(Sat) 21:00 | URL  | きく #-[ 編集]
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